読みもの...風
今回は人間同士の貸し借りの話しをしようと思うのですが、
かといって金銭や物の話しではなく、
人と人のやり取りでの貸し借りのお話をしたいと思います。
金銭や物は借りたら返すのが当たり前で、
これができないと社会的には不適合者になってしまいます。
一方、人と人とのやり取りの貸し借りは、
いわゆる形や原形がない無形のモノですので、
返しようがないというのも事実なんですが、
それを破談にしてこじれたり揉めたりした結果、
「倍返しだ!」なんてセリフを浴びせかけられることになるのかも知れませんw
では、無形なのになぜ揉めたりこじれたりするんでしょうか?
それは人と人のやり取りは有形ではないが故に、
心情で行われるものがほとんどで、
それも相手を喜ばせようとか、助けてあげようなんて、
結果を求め意識してやっていることではなくて、
心からそうしたいと思って自然にやっていることだからこそ、
無形なのに美しいのではないかと思うんです。
"人は生きているのではなく生かされている"とは我が人生訓で、
ゆえに人は一人では生きてゆけないとも思っています。
よく、「人に借りは作らない主義だ!」なんて仰ってる方がいて、
そのわけは「返せるかどうか分からないから...」とのことで、
これも立派な生き方なのは間違いないと思うのですが...どうなんでしょ???
先にも述べたように元々が無形で無意識なんですから、
相手もお返しなんて求めてるはずもなく、
ならば相手の気持ちに心から感謝しながらも、
相手が望む方向に成長することがお返しなんではないですかね?
少なくともワタクシはそう思っております。